IT系インフラエンジニアのつぶやき

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日本社会の息苦しさ

アジアは特に古くから農民が多く、集落の中で生涯を終えた時代を長く生きてきた東アジアは広義には全て集団主義とされ、狩猟文化を基軸とした西洋文化の影響を受けた地域は個人主義的と言われる(西欧列強による旧植民地含む)。

※ここで言う個人主義は利己主義とは区別し個人主体という意図です。

一般的に言われる日本人、つまりはステレオタイプな日本人とはなんであるかを見ていきたい。

個性が無い
意見をはっきりと言わない
群れたがり、みんなと同じであることを是とする

大枠でこのくらいでしょうか。

私自身、外国人との交流が多く、短期間ではありますが海外での滞在経験もあり上記の日本人の特性は非常に当てはまっていると考えております。

一言で言うと極端な集団主義文化であると言えます。

日本人以外でもインドや中国、韓国といった国の人は特に集団行動が顕著に日本でも見られ、その他諸外国でも非常に良く確認できます。

しかしながら、彼ら日本人程は団結力はありません。団結というのがみんなで同じ特定の思想、行動を本心であれ見かけだけであれ持等とする形質を指します。

これらは日本という国は今までもこれまでも単一民族であり、山や川が多いために複数に分離された極度に狭いコミュニティの中で生涯を終えた農民が多かったことに起因しております。

これまでも今も、日本人特有の村社会文化が根強く残っております。

特定の集団における多数派の意見が論理的是非に関わらず常に正しいとされ、それ以外の思想、人は村八分し平和を保つ排他的な文化など代表的です。

下記のWikipediaから引用した村社会の特徴が日本社会に当てはまっていると感じる方も多数いるのではないでしょうか。

引用

* 水利権、入会権、漁業権などの産業上の権益の範囲と一致した広がりを持つ。
* 長による支配、ボスと子分の上下関係が厳然と存在する。
また、以下のような問題点があり、外部とのトラブルの原因となっている。
* 所属する「村」の掟や価値観・しきたりが絶対であり、少数派や多様性の存在自体を認めない。
* "掟"に関与しない世間一般のルールやマナーは守らず、他者にも強要。無法状態と化している。
* 出る杭は打たれる。長い物には巻かれ、流れには棹を差すべし。寄らば大樹の陰。義理と人情。横並び。
* 排他主義に基く仲間意識が存在する。
* 自分逹が理解できない『他所者』の存在を許さない。
* 同郷者に対しては「自分達と同じで当たり前」という意識を抱いており、自我の存在を認めない。
* 傍目には異端者に寛容だが、相手を理解しているのではなく理解できるものに「改造」しようとしていたり、特例で見逃されているだけであったりする。
* 白か黒か、善か悪かといった二極論を好み、中立や曖昧な考えを嫌う。これが「異端者は自分たちを見下している/敵意を抱いている/自分より劣る存在である」といった思い込みを生み、一度こじれた場合の収拾がつかなくなってしまうことが多い。
* 弱いと規定したものに対しては、陰湿且つ徹底的に圧迫を加える。
* 構成員は陰口を好む。
* 有形物のみならず時間や空間に対する共有意識も強く、プライベートやプライバシーといった概念が無い。
* 事なかれ主義が多い。
* 噂話に対しては、真実かどうかを追求するより、噂を既成事実にしようとする。
* インテリが少数であることと年長者の影響力により、「神頼み」のような非常識がまかり通る。

リンク

https://ja.wikipedia.org/wiki/村社会

私が個人的に嫌いな日本の特徴は以下となります。

・団結力
似た性質も持つもの同士で結束し、自分達と異なる性質を持つ人を全員で集中攻撃して排除する。

世界でも有名な日本独自のijimeもこれに当たりますね。

突発的になら海外でも多数派から少数派への攻撃存在しますが、持続力と団結力はあまりありません。

血縁や地縁によらない身内主義と言え、派閥ができやすくなっている原因ですね。

政治や仕事での会議やプロジェクト等、特定の目的やテーマを持った場所でなら理解できます。

しかしながら、プライベートでも仕事でも私情剥き出してこの様な行動を取る人間は近代化された社会では存在意義に疑問符が立ちます。

基本的には自我(アイデンティティ)の持ち方が自分はみんなの中の1人という捉え方をしている人が多いといえます。

自我が確立されておらず、価値観や意見も個人の単位でなく、グループ単位でしか相違が現れにくい、自分の意見と他人の意見を区別できない点もこれが原因でしょうか。

まとめると、アイデンティティの所在が自己でなく、みんなで一つといったところでしょうか。

集団で作り出した妄想と幻想の世界を生きているように見えます。

・コミュニケーション
結論を言わず、阿吽の呼吸に依存し、他人へ言葉によらない理解やコンセンサスを求めるコミュニケーションなど正に自分達と違う存在を認めない証拠ではないでしょうか。

空気を読むといった日本独自の言葉や行動にもこれが顕著に見られます。

・人間関係
初対面の人間を警戒し、ドライに振る舞いつつ周りの人間と共にその人物を詮索し、身内の認定をしてから急激にベタベタとした人間関係を求め他人との距離を取れなくなる。

狭くて深い人間関係を好む人がかなり多く見受けられます。浅く広く入り、人により深く入り浅く終わる事もある人間関係が好きなので正に私は欧米的ですね。

ここで言う詮索が非常に不快です。
個人的な興味で質問してくるなどは快く受け入れられますが、個人にせよ集団にせよ憶測での詮索等は嫌いです。
上記は都市部において特に目立つ傾向で、田舎に行くとそもそもの人間関係の母体が狭い為、人と人との距離がそもそも狭く、警戒するステップが短く省かれることが多いようです。

手前味噌な話ではありますが、私自身は東京都世田谷区で生まれ横浜南区と東京都世田谷区で育ちました。

生まれてからずっとかなりの一匹狼な性格で日本の集団主義文化には大変苦労してきました。

先ず、本記事を読まれた方は私の事を左翼や日本や日本人を毛嫌いしていると捉える方もいらっしゃると思いますが、そんなことはありません。

私自身は人と接する時、その人自身がどんな人なのかを意識する為、その人のバックグラウンドは参考に程度にしかしておりません。

そもそも集団主義社会の中にも個人主義な人、組織があり、個人主義社会においても同様であると考えておりますので短絡的に人を判断することはあまりないです。

自我(アイデンティティ)のない人で集団の中でしか自分を保てない人とはお付き合いしたくありませんがね。

本心では自我を持っている方もたくさんいらっしゃいますし、仲の良い地方の方も都市部の方も沢山おります。

現在は大阪に移住しており大変住み心地も良くなりました。

関西圏は他の地域と違い、千年王宮と千年商都があった為か非常に苦手としている日本的集団主義文化が少ないです(広義には関西も集団主義ですが)。

関西圏以外にももちろん各個人でも違いはありますが、コミュニティ単位ですと東京中心部に住む富裕層若くは勤務するエリート層や外資系の人間なども同様に集団主義傾向は無いかかなり弱いです(無個性だと頭角なんて出ませんので)。

都市部は特に所属するコミュニティによって見えてる360度変わると考えております。

しかしながら、日本企業や日本にある外資系も地域によらず集団主義的な業務の進め方をしていることもあります。